主婦、「おてつたび」に挑戦
私は海が好きだ。
それは大人になって開花した。シュノーケルで潜るだけで、トゲトゲのフグや極彩色の魚、更にはウミガメに出会える事を知った。

だから夏は絶対に海に行きたい。それも綺麗な海に。私はもうすく40歳になる主婦だ。確実に老いている。いつまで潜れるか分からないし、この先お婆さんになって夏の海に繰り出したら止められるかもしれない。もう若い頃のようにウカウカと時間を過ごしていてはいられないのだ。
そうして7月の3連休に海に行こうとして行けなかった。
私は焦っていた。船にも乗りたいしウミガメにも会いたい。となると八丈島か小笠原か。
気づいたら「おてつたび」というサイトにたどり着いていた。八丈島で1週間ハンバーガー屋さんのお手伝い。2年前に1度訪れたことがあるお店だった。旅行も出来て宿もあるなんて素敵だ。夜になって夫に相談したところ、「自分も行きたい」と言いながら快諾してくれたので、すぐさま応募ボタンを押した。あっという間に「おてつたび」が決定した。
出発は明日の夜、念願のフェリーだ。

フェリーで酒盛りをするパリピと共に夜出港し、10時間半の船旅を経て、翌朝ついに八丈島に到着した。

スタッフは私を含めて5人いた。バイトの2人は20代で当然ながらオババは私だけ。その2人と寮で共同生活。
初日の夜に虫除けスプレーをシュッとしたところ、速攻で部屋にカナブンが入り込んできた。虫除けは効かないし、夜に個室の電気を付けると虫の襲来に会うことが分かったので、私はほとんどの時間をリビングで過ごすこととなった。大きなナナフシやアリ、サソリモドキなどたくさんの虫たちがいる。私がうら若い小娘だったら泣いていたかもしれない。しかし、野犬に追いかけられたことのあるバックパッカーだった私にはクーラーもキッチンも個室も、何より電動自転車があるので快適だった。
おてつたびは1週間。短期なので洗い物メインの単純作業だと思っていたが、そこは大人のキッザニアだった。ドリンク、レジ、バーガーの組み立て、ほとんどの仕事をさせてもらえた。八丈島の特産品を使った商品はコストも手間暇もかかっていて、オーナーさんはバーガーだけでなく野菜を育てたり、お土産の商品開発や店舗の修理など、全部していた。島では何もかもが高いので、自分でやらないと莫大なお金がかかるらしい。そのバイタリティは脱帽ものだ。
正直、業務中のことは必死すぎてあまり思い出せない。しかし私の勤務中に過去最高売り上げを叩き出したらしくて嬉しかった。そしてバーガーは美味。おすすめは、意外と甘めなレモンソース。

カバンの中で潰れてしまったバーガー パテ2枚
だいたい3時から18時まで休憩時間だったので、私はお店の目の前のビーチに行った。潜ると絶対にウミガメがいるのだ。サンゴも大小様々な魚も。広すぎず、ライフセイバーも警察もいて安心な海で仕事の汗を流し、海に癒され、島内を徘徊して寮に戻る。そして夜営業。帰り道には満点の星空。充実した4日間だった。


5日目の朝。業務は10時からなので、いつも通りお店の前のフェリー乗り場で海を見ていた。綺麗でクーラーも効いていてfree wi-fiがあるのだ。たいてい私1人だけなのだが、この日は何かのミーティングが行われていた。そろそろお店に行こうかとしているその時、
緊急津波警報
みんなのスマホが一斉に鳴り、すぐに島内放送もされた。
津波?なぜ?台風のせいか?
様子を伺っていると、ミーティングをしていた人たちから逃げた方がいいと言われ、一旦お店に。オーナーと開店準備をしながら海の状況を見つつ、島内放送に耳を澄ませる。間もなくして避難警報が発令された。我らバイトは高台に位置する寮で待機することに。海辺は警察車両で封鎖され、消防車が巡回していた。トカラ列島の地震で八丈島には80cmの津波が来た。

その翌日、台風が来た。
東京からの船は欠航し、明日帰る予定だった私は船では帰れないことを知る。一縷の望みをかけて飛行機を予約するも、欠航の連絡。とりあえず明後日に変更して1日長く働いた。津波と台風でしばらく船が来ないので、スーパーからはまずパンがなくなり、牛乳、卵、生鮮食品が消えていった。我らバイトは食料を持参していたので全く影響はなかったが、オーナーの奥様が差し入れにスイカなどを持ってきてくれた。島のスイカは育てる人によって味が大きく変わるらしいが、甘くて美味しく、何よりお心遣いに感謝だった。


序盤に海に入っていて本当に良かった。後でいいか、と面倒くさがるとチャンスはこないのだ。終盤は津波と台風で自然の脅威を感じた。今まで見た中で1番激しい海だった。1週間の短期間で、津波と台風に見舞われるとは、何てタイミング。アドベンチャーがすぎる。
ついに羽田に帰る日、オーナーの奥様が島内ドライブに連れて行ってくれた。八丈島は意外と広くて、車で1周するのに1時間半かかる。アップダウンもかなりあって電動自転車でなければ気軽に出かけられないのだ。その電チャリを持ってしても島1周は出来なかったので嬉しいサプライズだった。短時間だったので、もっと色々なお話を聞きたかったが、今日こそ私は帰る。船はまだ欠航していたので飛行機にしておいてよかった。


飛び立てば1時間のフライト。
島から脱出できないと思ったのに、着いてみればあっという間だった。1週間、暇さえあれば電チャリを乗り回し、海に入り、スーパーを覗いた。初めは全然覚えられないんじゃないかと心折れていたが、振り返れば合宿のようでとても充実していた。
帰ってきて数日、すでに海が恋しい。
